「北九州のせんべろ」
寄り道をしようか。
そう思った僕は「寄り道をするといつもいい結果にならない」
と思った。
「いい結果」
いい結果とは何か、それを探求するため僕は赤提灯に入っていった。
赤提灯の中は8割くらいの客入りで、僕はカウンターの端の席に案内された。
ここの店員さんが呼ぶところの「1番」だ。
1番に座ると、とりあえずホッピーの白を頼んだ。
「1番さん、ホッピー しろ~!」
カウンターで焼きトンを焼くマスターが叫んだ。
ホッピーが来るまで、僕はメニューから自分の食べたいものを選ばなくてはいけない。
ここは繁盛店なので、展開がスピーディーだ。
ベルトコンベア式に注文しないと、流れを阻害してしまう。
僕は吉田類が言っていた「モツ・・」
なんだっけ?
あの小さい皿にモツと豆腐と人参のあれ。
プロ飲み師を気取った人間が七味をかけるあれ。
ネギが乗ってるあれ。
あれの名前が出てこない。
昨日はメニューを見ながら注文したので「モツ・・」を注文できた。
けど今は「モツ・・・」
煮込みだ。
モツ煮込みだ。
モツ煮込みを注文するとなると、もう1品は何がいいだろう。
カウンターの中では店員さんが大きなペットボトルの焼酎を持った。
そのペットボトルは「おつかれさん」的な名前だった。
「大五郎」「ビッグマン」「おつかれさん」
この身を切るような厳しい社会の中の、ひとときの休息にふさわしい名称。
モツ煮込みのコンビには何がふさわしいのか?
豆腐、モツ、人参、ネギ 温度は暖かい。
僕は山芋の千切りだと思った。
煮込みがボケで、山芋の千切りが突っこみ。
煮込みが松ちゃんで、山芋が浜ちゃん
煮込みが・・・
えんえんと続いてしまう
いや煮込みが浜ちゃんで、千切りが松ちゃんではないか?
切れ味抜群のボケは、千切りという感じもする
けど松ちゃんは最近日焼けしてるので、煮込みにイメージが重なる。
僕は山芋の千切りと、モツ煮込みを注文した。
注文した後は、いつもどこを見ていればいいのかわからない。
この店はL字型のカウンターになっており、前を向くと他のお客さんを見る事になる。
どういう表情をしていればいいのかわからない。
人間には表情がある。
笑顔、悲しい顔、眠ってる顔
居酒屋で一人でいる用の顔はなんだろう?
無表情でボーっとしていると、僕の顔は怖い。
だから目の前にある「せんべろの店」という本を持った。
「せんべろ」とは千円でベロベロになれる店という意味だったと思う。
今年の夏、末期のガンにかかったオジさんの見舞いに北九州へ行った。
僕は新幹線の中で、もう死ぬのが確定している人に何を言えばいいのか考えた。
答えは出なかった。
ベットに座るオジさんは凄く痩せていた。
昔話を一通りして、オジさんに僕は
「この辺に、いい飲み屋ある?」
と聞いた。
おじさんは
「線路沿いの銭湯の横の〇〇がいいぞ」
と言った。
病院を出ると、僕は線路沿いのその店に行った。
そこは飲み屋ではなく、酒屋さんの中で飲める「角打ち」だった。
僕はオジさんがしたであろう、銭湯→飲みコースにしようと、隣の銭湯に入った。
銭湯には先客が一人いて、その人は上半身刺青だらけのオッサンだった。
北九州。
銭湯でさっぱりして、お店に入ると冷蔵庫からビールを取り出した。
お店のおばさんは
「あとでまとめて会計ね」
と言った。
僕はよく冷えたラガーを小さ目のコップに注いだ。
夕方4時ぐらいで、西日が差しこむ広い店内
壁にはチューハイのペンギンのポスター
「失った夢だけが 美しく見えるのは何故かしら」
オジさんと別れるとき僕は握手をした
オジさんは
「お前、今日握手五回目やぞ」
と言った。
オジさんは、その3週間後に亡くなったんですが
オジさんに言える言葉は一つもなかったけど、聞く事は出来ました。
「この辺に、いい飲み屋ある?」
あの店は最高だった
べろべろに飲んで
お会計1360円